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寡頭制の発生

互いに戦う部族の族長たちが次第に連合を組むことで、社会は自然と寡頭制的になってゆく。またあらゆる政体の政府はその成長の過程で寡頭制に変化してゆくことがある。もっともありうる寡頭制への変化のメカニズムは、外部からのチェックを受けない経済的な力が次第に集積してゆくことによるものだろう。ポリュビオスほか多くのギリシアの思想家は、貴族制が堕落することで寡頭制になると考えていた。寡頭制は、少数支配する家系のうちの一家が他の家族に対して優越的な力をもつ結果、より古典的な権威主義的政体へと変化してゆくこともある。ヨーロッパの中世後期に成立した君主の多くはこのように成立した。
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寡頭制は時には、君主や独裁者に対して社会の他の階層が、門戸を開いて権力を分け与えるように主張して、過渡期的に成立することにより、変化の手段になることもある。この例の一つは、1215年にイギリスの貴族ら名家が結集して、権力譲渡に気の進まないイングランド王ジョンにマグナ・カルタ(大憲章)へのサインを強い、ジョン王の政治力の衰退と初期の寡頭制の存在を暗黙のうちに了解させたことである。イギリス社会の成長に伴い、マグナ・カルタは1216年、17年、25年と何度も改正され、より多くの人々により大きな権利を認めさせ、イギリスの立憲君主制への変化を用意した。

20世紀、アジア、ラテン・アメリカをはじめとした世界中の多くの国では、政治的指導者たちの一家・親族による支配など縁故主義が見られる。また、縁故主義のあるなしに関係なく官僚や軍部、大資本家も含めた限られたエリート達による支配も寡頭制といえる。

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2009年10月02日 12:10に投稿されたエントリーのページです。

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